最近の日記

1月31日〜

新箱です

亀山早苗 2011年01月31日(月)01:54

1月も今日で終わり。
まだまだ寒い日が続きそうですし、
インフルエンザも今週がピークとか。
気をつけてがんばりましょう〜。

サッカー、おもしろかったですねえ。
李選手、親族に反対されつつも日本人になったとか・・・。
どちらの国にも恩返ししたい、なんて泣けます。
歴史は歴史として踏まえつつ、やっぱり近隣諸国とはうまくやっていきたいし、
文化の違いをもっと知って楽しめたらいいなあ、なんて思います。

亀山早苗 2011年01月31日(月)01:58

連投失礼。
MVPは本田選手でしたが、隠れMVPは長友選手じゃないかなあ・・・。
なあんて友だちと話しています。
おんなじ大学出身ということもあって、どうしても応援したくなります。

亀山早苗 2011年02月01日(火)22:12

長友、インテル移籍!! すっご〜い!!
レギュラーがとれるかどうか、がんばってほしいものです。
左のサイドバックでレギュラー獲得となり、活躍できたら・・・うれしいですぅ。

そうそう、サッカーでもバスケでも、シュートを決めた人だけがエライわけじゃなくて、
そこに至るまでつないだ人、守った人、みんなすごい仕事をしているんですよね。
お互いの信頼感がなければ、チームプレイはできない。
それぞれが尊重しあわないとゴールに至らない。
そういう意味でチームプレイは、見ていて楽しいです。

white gateさん
私も悩みましたよ〜、高校入学当時から20代前半、本当に苦しかった。
自分の生まれてきた意味、存在について悩み、苦しみ、
哲学書や文学を読みあさり・・・でも答えが出ず・・・。
暗かったな〜、あの日々は。
それは青春時代の悩み、と言われるものそのもので、今思えば、
青いなあと笑えるのですが、じゃあ、あの日々に回答が出ているのかと
言われれば、答えようがありません。

ただ、HANAさんと同じように、そんなこと考えていても答えは出ない。
自分がやりたいことをやるしかないんだ、というふうになっていきました。
その後、仕事や私生活でいろいろな人と交わり、話していく中で、
今、私が思うことは、「自分のことだけ考えていても、自分のことはわからない」ということ。
他者に交わっていくうちに、自分のこともわかっていく。
ところが、自分のことがわかるにつれ、それって何? 別に自分のことがわかったって、
何ができるわけでもないじゃん、と思うようになっていきました。
これからは、自分が楽しめてなおかつ、他人の役にも立つようなことができないかなあと
考えています。

存在について考えるのはいいけれど、そこに「価値のあるなし」という基準を
持ち込むことは意味がないと思います。
だって、すでに存在しているのですから。
心底、「自分がいていいのだろうか」と思っている人間は、
恐怖感で子どもをもつことはできません。
子どもをもったということは、すでにwhite gateさんが
自分を認めているという証拠だと思いますよ。
もっと自信をもっていいはずです。

亀山早苗 2011年02月01日(火)22:17

連投失礼。

「自分探し」という言葉が本格的に流行したのは、
バブルが弾けて以降かもしれません。
ある人が、「ねるとん世代」の自分探しはブームに過ぎなかったけれど、
「あいのり世代」のそれは深刻だった、と書いていました。
私はおそらくねるとん世代ちょいと前だと思います。
就職氷河期だって、バブル崩壊以前だって、何度もありました。
だけど、誰も「自分探し」なんて言わなかった。
あれは、なんだか言葉の綾みたいなものに、
みんながひっかかっちゃったような気がしますね〜。
「癒し」も同じですけれど・・・。
「癒されたい」だの「感動をありがとう」だの、
気持ちの悪い言葉が流行っていて、なんだかな〜といつも思っています。

人は時代の空気を無関係には生きられない、というのが持論ですが、
なんだか気持ちの悪い言葉には、騙されないようにしようと個人的には思います。

亀山早苗 2011年02月01日(火)23:50

かわせみさん
大丈夫ですかあ? 今年は寒かったから・・・お大事にしてくださいね。

そういえば私の母は、声を張り上げることがありませんでした。
私がキーキー泣いたりしてると、にこにこしながら、「お上手わね〜」って
言っていたそうです。
私は「お上手くないもん!」ってごねてたらしいけど、
そのうち、子ども心にばかばかしくなってごねるのをやめたようで・・・。

子ども電話相談室、懐かしいですねえ。
無着声恭さんの声と顔が浮かびます。

年齢がいってからの自分探しは、またちょっと違うのかもしれませんね。
青春期の漠然とした悩みよりは、もう少し具体的な感じがします。
私も、そろそろまとめを考え始める時期かな〜と思っていますもん。
確かに、必死に動いてないとご飯も食べられないという状況にある人にとって、
存在意義なんて考える暇はありませんね。

私は、林芙美子が、久々に、熱い秋刀魚をご飯に乗せて食べたとき、
「もう少し生きていてもいいかと思った」という話が大好きです。
そういう人は強いです。

亀山早苗 2011年02月03日(木)23:07

いや、HANAさん
私も自分の遺伝子を残すことに、やけに拒絶感がありました。
結婚したら子どもを産むものだ、と素直に思えればよかったんですけどね・・・。

生病老死 愛別離苦、合わせて四苦八苦。
どうせ人生、どう生きたって四苦八苦じゃないでしょうか。
だからこそ楽しみたいです。
新しい1年の始まり〜ですね。

1月27日〜

新箱です

亀山早苗 2011年01月27日(木)01:01

冬眠したいくらい寒いですね〜。
な〜んて言いながら、HANAさん、
相変わらず私は、タイツもパンツもブーツもはかずにおります。
ストッキングにパンプス派です。
町ではあまり見かけない・・・。

それでも建物に入ると暑いです。
暖房しすぎじゃないかな〜、どこもかしこも。

亀山早苗 2011年01月27日(木)03:04

ライオンさん
私は性格が「決まっている」と思っているわけではないんです。
ただ、「もって生まれたもの」はあるだろうなあと個人的には思っています。
同じ日に生まれて、同じように育った双子だって、性格違いますからねえ。

あとは個人の察知能力、とでもいいましょうか。
それは後天的に努力したり、たとえば本を読んで己を振り返ったりしながら
できていくもの、もあるでしょうね。
出会う人によっても、人間は変わります。

耳かきかあ・・・。
日頃、そんなに意識してないけど、
そちらの人は耳かきしないのですか?
拭くだけ?

亀山早苗 2011年01月30日(日)08:03

書き込み遅くなりました。
びょんほんさん、生き生きしてますね〜。
仕事はびょんほんさんにとって、生活のベースのひとつなのかもしれませんね。
単にお金の問題だけではなく、
ある意味で、精神的な支えのひとつなのかも・・・。
がんばりすぎずにがんばってくださいね。

私は「人生ってすばらしい」なんて言う気はさらさらないのだけど、
それでも、生きてりゃおいしいと思うこともあるし、
つい笑っちゃうこともある。
そんなとき、ふと生きててよかったなと思ったりします。

私たちは母親世代のように(私の母親世代です)、
戦火の中を逃げ惑ったこともない。
だからこそ、「生きることと死ぬこと」がよくわかってないのかもしれません。
私は、1週間後に死ぬよと言われたら、じたばたします。
死にたくないって泣くと思う・・・。
死に瀕したことがある人にとって、それはごく普通の感覚なのではないかしら。
平和な時代を生きているからこそ、死にたいと思うのかも・・・とふと思ったりします。

人間って、あらゆる欲望で成り立っている。
それはほとんど快楽の欲望です。
「人とうまくやりたい」「素敵な恋愛、結婚をしたい」「おいしいもの食べたい」
「楽しいことしたい」
それらがひとつでもあるうちは、潜在的な「生きたい欲求」があるんだと思います。

人にとって、いちばん平等なのは時間の流れです。
みんな年をとっていく、誰であっても。そして死ぬ。
それだけのことだ、と私も思います。

亀山早苗 2011年01月30日(日)08:07

連投失礼。

HANAさんも言ってますが、
私も今どきの人たち(という言い方は曖昧ですが、私より世代が下の人たち)は、
なぜかいろんなことに「意味づけ」をしたがりますよね。
決して悪いことじゃないんだけど、
ときにそれが自分を苦しめることもあるんじゃないかしら・・・。

自分がしようとすること、したいこと、してしまったこと、
失敗したこと・・・。
すべてに意味を見いだそうとする・・・。
前向きなのかもしれないけど、落語的に言えば、
「起こっちまったことはしかたがない」のだし、
「まあ、したいようにするしかないさ」なのですよ・・・。
私はつくづく思っています。
人間って(というか私って)本当に成長してないです。
表面的にいろんな知恵がついて、適当にやることに慣れるだけで・・・。
まあ、それでいいんじゃないかな〜とも思うし。

1月24日〜

新箱です

亀山早苗 2011年01月24日(月)02:34

相変わらず寒いですねえ。
日本海側にお住まいの方、東北、北海道にお住まいの方、
いらしたら気をつけてくださいね。

人間関係、病気、お金の問題。
人の悩みはこの3つに集約される、と何かで読んだことがあります。
確かに・・・。

亀山早苗 2011年01月27日(木)00:58

私は嫌なものは嫌だなあ・・・。
自分と関係がなければ、嫌なもの(人、ものごと、すべて)を
観察して楽しむこともできなくはないですが、
自分と何らかの関係があるのなら、さっさと逃げます。

好きなことをやっていく上では、
苦しいことはあっても、「嫌」なことはないんです。
好きな人だったら、嫌なところがあっても、
まあ、相殺してオッケーかな、なんて秤にかけることもできますし・・・。
相手が男女を問わずね。
その「嫌なところ」が、単純に自分と違うところであると気づけば、
それは嫌なところじゃなくて、おもしろいと思えるところに変わるわけだし・・・。

持って生まれた性格、というのはあると思います。
同じ兄弟姉妹でも、性格が違うのだから。
そこに後天的な要因が加わり、さらに本人の後天的な性格もあって・・・。
ひと一人ができていくには、複雑なものがからみあっていると思います。
ただ、いつでも「何か」に「気づく」人間でありたいと
私自身は思いますけどね・・・。