最近の日記

6月17日〜

新箱です

亀山早苗 2009年06月17日(水)02:48

white gateさんの言うように、きっとごんさんの腹筋1回は、
10分間足を床すれすれのところに上げたまま、耐える1回なのでしょうねっっ!
効果大ですよ〜、ごんさん。

RIOさん
完璧主義ですかあ。なんだか大変そう。
神経質な人とか完璧主義の人って、周りからは大変そうに見えるけど、
そうでなければ気持ちが悪いのだからしかたないですよね・・・。

でも、やっぱりあくまで自分以外は、たとえ親きょうだいでも、
1個の人間ですから、「別もの」なんだと思います。
年下を見ると、今の私なんて、私の25歳のときよりしっかりしてるわ〜と
思っちゃいます。
近い人は違えば違うほど、おもしろいわけだし・・・。

関東地方、夜の大雨が続いていますね。
みなさん、お気をつけて・・・。

亀山早苗 2009年06月20日(土)02:00

ラジオ体操って、本気でやるとけっこう汗ばむんですよね。
よくできた体操なんだなあと思います。

私は箱割りも、3日ともちませんでした・・・。あはは。
3日坊主より悪いわ・・・。
ま、思い出したときにやるようにします〜。

HANAさん
結論を出したからといって、気持ちが変わるわけではない・・・って
なんだかおもしろい言い方ですね。
気持ちが変わったから結論を出す・・・のが一般的だと思っていたので、
なんとなく目から鱗・・・です。

亀山早苗 2009年06月21日(日)20:52

葛西さん
お読みいただいてありがとうございます。

いろいろな夫婦がいますが、私は「暴力」だけは絶対反対です。
浮気も借金も困るでしょうけど、
「暴力」は、その人の「人間性」を壊すのです。
暴力を振るわれ続けながら、どうして第二子だの新築だのと考えられるのか、
葛西さんのお話読んで、なんだかせつなくなってしまいました。
今は自治体や女性センターで、相談にのってもらえるし、
シェルターもあるのだから、まずはお子さんとふたりで「逃げる」ことを
考えてほしい・・・切実にそう思います。
自分が壊れてしまう前に・・・。

亀山早苗 2009年06月21日(日)22:23

DVでよく言われるのは「ハネムーン期」があって、優しい時期があるから
ついほだされて・・・ということですよね。
だけど、暴力をふるう夫というのは、ある種の病気だと思います。
きちんとした「加害者プログラム」を受けない限り、治りません。
暴力を振るわれているほうは、恐怖で「逃げ出す」気力を失います。
だけど、それがまた加害者を助長させるのですよね。

私はそうなったら、友人知人に助けを借りながら、
行政の支援を受けるべきだと思っています。
環境や性格もあるでしょうけど、
自分が受けている暴力が不当なものだとわかってほしい。
いずれお子さんだって、お母さんが殴られていることを理解するでしょう。
そんなみじめな姿を見せられた子どももかわいそうすぎます。

暴力で支配されていい人など、誰もいないはずですもん。

亀山早苗 2009年06月22日(月)03:06

coolさん
前にもcoolさんっていらしたから、同じ方かもしれませんね・・・。
貴重なご意見、ありがとうございます。

年配者の親殺しは、複雑なものがありますね。
今までの恨み辛みが一気に出て・・・ということもあるかもしれないし、
老老介護によって追いつめらたのかもしれません。

ただ、年配者の親殺しは、私は納得いきません。
そうなる前に、親から離れる術があるからです、大人なんですもん。
いくら恨み辛みがたまっていても、それをなんとか転化させていくのが
大人の知恵ではないかと思います。
まあ、そうできないほど、子どものころから虐待されているケースもあるのかもしれませんが。

心身への暴力を受け続ける・・・という事態が、
どうしても想像力の範疇を越えるのです。
理屈ではなく、気持ちで想像しようとしても限界がある・・・。
とにかく、大人に対しては、理不尽な暴力に対抗するだけ勇気を、
なんとかもってほしいと願わざるを得ません。

6月13日〜

新箱です

亀山早苗 2009年06月13日(土)01:39

white gateさん
そういう季節になりましたか〜。
無理せず、がんばってくださいね。

ごんさん
あ、やっぱり東大寺だったのですね。
「抜けられない大人を救う」のは、子どもたちの日常茶飯事なのかもしれませんね。
すっとこどっこいの大人が多いということか・・・。
私のときも、子どもたちはやけにすんなり助けてくれたんですよ。
さっと分かれて押す子たちと引っ張る子たちがいて・・・。
慣れてたのね。

亀山早苗 2009年06月14日(日)21:15

ゆきさん
自分を奮い立たせなくてはいけないこと、ありますよね〜。
若いころ、トシ食ったら楽に生きられる(精神的に)と思っていましたが、
あんまり変わらないことに最近、気づきました。

それでも・・・私の好きな噺家さんがマクラでよく言うのですが・・・。
「だから何だってわけじゃないんですが・・・」
これ聴くと、ぐふふって楽な気持ちになります。
何があっても、なんとかなるもんです。
志はもちつつ、されど自分を追い込まず・・・でやっていきたいものです。

亀山早苗 2009年06月15日(月)22:07

HANAさん
表現として、「会う気がなくなった」と「会わないほうがいいんじゃないかと思って」は
かなりニュアンスが違いますが、言う人にとっては大きな違いはないのかもしれません。
いや、あるいは大きな違いがあるのかもしれません・・・。

私は演歌『夜桜お七』の歌詞「いつまで待っても来ぬひとと 死んだひととは同じこと」
という歌詞がけっこう好きだし、ああ、こういう気持ちってあるよなあと思うのですが、
友人に言わせると「全然違う!」とのこと。

ごんさん
腹筋、何回ですかあ?
●が3回だったら却下!! 受け取りません! (^O^)
どのくらいやると効果ありますかねえ。30回くらいかなあ。

最近流行りの「なりきり歌舞伎体操」で、箱割りってのが
体幹を鍛えるのに効果的らしいです。
股割り、四股を踏むなんてのもいいようです。
伝統芸能関係は、体幹を鍛えるのに向いているのかも。

腹筋はどうしても腰を痛めやすいので気をつけてくださいね。
私は箱割りでがんばってみます。
1日10回程度で・・・へへへ。

亀山早苗 2009年06月15日(月)23:31

ごんさん
聞かなかったことにします!!! (>_<)

6月10日〜

新箱です

亀山早苗 2009年06月10日(水)01:47

「ありのまま」ですが、人にはできても、
自分に対してはむずかしいですね。
やはりどこかで「こうあるべき」「こんなはずじゃない」と思うからかなあ。
私はとっても弱い人間で、なおかついっつもめそめそしているので、
まったく成長も前進もないんですよねえ・・・。

20代のころは何に対してもイケイケだったけど、
トシとるにつれ、逆に弱くなってます。

亀山早苗 2009年06月11日(木)00:18

HANAさん
そのとき、私は鹿せんべいはおろか、食べ物もまったくもっていなかったのです。
なのにいきなり押し倒され、乗っかられたのでした・・・。
「鹿が正常位でしようとしてたよね〜」(下品だと思われた方、ご容赦)と
カメラマンと編集者に大笑いされました・・・。

鹿をもその気にさせた・・・わけではなく、鹿だけがその気になってくれたのかも・・・。

ごんさん
負の感情は、泣くと発散されるのかも・・・。
それでも澱のようにたまっていきますよね。

まだ「キレる」という表現がなかった、その昔・・・。
私はあるとき、後頭部がぶちっと音を立てたのを確かに聞きました。
その後、暴れまくったらしいのですが、記憶がありません。
直後に離婚しました。
身体は正直です、ほんと。
自分でもそこまで追いつめられている(もしくは自分で追い込んでいる)なんて
意識してなかったから。

それ以来、落ち込んでもめそめそしても、後頭部は音を立てません。
きっと、それ以前に防衛本能が働いて、
そこまでいかないようにしてるんでしょうねえ。

亀山早苗 2009年06月11日(木)00:28

お、ライオンさん
時間がかぶっちゃいましたね。
鹿によるレイプ未遂は書いたとおりです・・・。
見ていたカメラマンによれば、鹿くん、必死で腰を動かしていたそうで・・・。
襲われている写真ももらいました・・・。
撮影してないで助けてよ〜と思ったけど。

なんだか忘れちゃったけど、そのとき、東大寺(もしかしたら別のお寺かも)で、
中が抜けている横倒しの柱みたいなのがあって、
子どもがそこをくぐり抜けていたんですよ。
「大人には無理」と言われたんだけど、どうしてもやってみたくて、
中に入ったら、案の定、抜けられなくなり・・・。
それも撮影されました・・・。
結局、そこらへんの子どもたちに押してもらったり引っ張ってもらったりしながら
必死で抜けて出たのでした。
周り中に笑われました。

亀山早苗 2009年06月12日(金)03:02

RIOさん
いろいろおもしろい体験をしているのですね。
確かに身体は正直・・・嫌なことをしていると、あっという間に具合が悪くなりますもん。

喜怒哀楽・・・どれも、私は貴重な感情の揺れ幅だと思っています。
揺れ幅は大きいほうがいい、とも・・。個人的見解ですが。
抑えて生きたって、誰も褒めてくれませんからねえ。

「あの人はこういう人なんだ」と思えば、少し気が楽になりませんか?
たとえば、ひと言よけいなことを言う人っていますよね。
それは、「私」に対してだからこそ、言っているわけではなく、
どんな状況であっても、そう言ってしまう人なんですよ。
「ああ、こういう人ね」と観察していると、たぶん、他の場でも
同じように言っているはず。
だったら、「そういう人」というカテゴリーに入れてしまえば、
それなりに受け止められるでしょう。

逆に、親切な人、というのもいますよね。
「私のことが好きだから親切」なのではなく、
「誰にでも親切」なんですよね。
そういう人なんです。だから、そういう人だと受け止めてつきあえばいい・・・。
ものごとがめんどうくさくなったときは、単純化して考える・・・。
私はそうしてますね〜。
最近は、トシくったせいか、めんどうだから本人に言っちゃう。
なんだか婉曲表現されたとき、「それって裏の意味がある?」と。
それはそれで、ただ「婉曲表現をいつもする人」だったりするんですよ。

亀山早苗 2009年06月12日(金)03:04

前にも書いたことがあるかもしれませんが、
「傷つけられるのは、他人の言葉ではなく、自分自身によって」なんだと思います。
たとえば、私が「オバサンのくせに」と言われて傷ついたとする。
それは、私が「私はオバサンなのに・・・」とどこかで卑屈になっているから。
結局は、自分の心の動きが自分を傷つけているのですよね。
これって、ある種の詭弁かもしれないんですが、
そう考えると、他者とのつきあいって楽になりますよ。