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1月27日〜

新箱です

亀山早苗 2011年01月27日(木)01:01

冬眠したいくらい寒いですね〜。
な〜んて言いながら、HANAさん、
相変わらず私は、タイツもパンツもブーツもはかずにおります。
ストッキングにパンプス派です。
町ではあまり見かけない・・・。

それでも建物に入ると暑いです。
暖房しすぎじゃないかな〜、どこもかしこも。

ライオン 2011年01月27日(木)02:39

しつこいようですが、
産まれた時からある程度性格が決まっているなんて、ほんと今まで
そんな事考えもしなかったです。色んな人と話をするのは面白いですね。
いろんな角度からの意見が聞けて。
ここ数日、彼女とは、あまり接触もなく気持ちも平和です。

わたしも気づく人間でありたいです。
今日、日本の友人から雑誌と耳かきが届きました!
耳かきは「何か欲しい物がある?」っと聞かれお願いしました。
耳かきしかも2本!!
日本から持って来たやつ、1本無くしたんですよねぇ。
さっそく耳かきしました。あーーーー幸せです。
日本文化ばんざい!

早苗さん、
こっちで一緒の子もスカートの下にタイツもストッキングもはかないんです。
−10℃までなら生足で大丈夫だそうです。

私は冬、ストッキングにパンプスなんて考えられない!です。
パンプスはける時は、やっと春が来たのねって思えます。

亀山早苗 2011年01月27日(木)03:04

ライオンさん
私は性格が「決まっている」と思っているわけではないんです。
ただ、「もって生まれたもの」はあるだろうなあと個人的には思っています。
同じ日に生まれて、同じように育った双子だって、性格違いますからねえ。

あとは個人の察知能力、とでもいいましょうか。
それは後天的に努力したり、たとえば本を読んで己を振り返ったりしながら
できていくもの、もあるでしょうね。
出会う人によっても、人間は変わります。

耳かきかあ・・・。
日頃、そんなに意識してないけど、
そちらの人は耳かきしないのですか?
拭くだけ?

やえこ 2011年01月27日(木)08:10

私は嫌なものは嫌だなあ・・・。
自分と関係がなければ、嫌なもの(人、ものごと、すべて)を
観察して楽しむこともできなくはないですが、
自分と何らかの関係があるのなら、さっさと逃げます。

う〜ん、確かにねえ‥‥。
そやけどしんどい時間の中に宝落ちてませんか?

性格は生れながらのものって、私、実は周りの女たちが非常に性格悪かったもんでw
父もきっつい言葉吐いてましたからw
苛烈な体験から生れた持論なんですwwwww。

で、あきらめたんですね。距離とりました。
それが凄いえげつない方法やったんです。そこまで自分性格悪いかってくらいにww。
彼女たちのこと書いてネットに流したんです。

大人しくなりました。つーか長姉なんて逃げましたw。
あんたとしゃべったら書かれるって。
そーだろーなー  ( ̄σ~ ̄) 。・・

ま、やられっぱなしじゃだめってことでw。

330 2011年01月27日(木)20:57

white gateさん、私と被ってしまう・・・
皆さんの書き込みを まとめて読みましたが・・・(最近、ちゃんと読んでないので・・・)
カウンセリングは、続けておられますか?
私達みたいな生き方をしてきた人間、本当に、しんどいですよね〜(泣)
今、生きている事に感謝ですよ〜^^
凄く、分かる・・・
息を止めて、それいゆちゃんを思い切り抱きしめて上げて!!!!!
匂いが、色々な嫌な思いを導き出すから・・・。
大丈夫〜大丈夫^^v
頑張り過ぎないでね〜#(^^)#
  
本当に死ぬ気なのなら「首吊り」
発見者は、絶対、子どもでは無い状態にしてね〜。
ここまで書いたら、死ねないでしょう^^v
white gateさん・・・
私も、「何時も、死にたい」死にたい・・・
死ねない・・・
首吊り・・・止められ・・・

ごんたろう 2011年01月27日(木)23:28

こんばんわ〜。
最近、とてもしんどい、支援がいくつも入り、
いろいろと考える、悩む時間が多く、
上手く、書けないかもしれませんが。。。。

Whitegateさん
嫌いは、嫌いなのです。私も。
ただ、嫌いになぜだろう?と考えるのです。
嫌い、ただ生理的に受け付けないのか、とか
嫌いに私の中に何があるのだろう〜。と考えると
ふーーん、こんな風にこの人を見ている自分と出会える。
たとえば、kさんは、誰か、えらーい人がこう言ったら、
「そうですね」とか、まるで自分の言葉のように話すんだ=、とか
このスピードが、苦手だな、と思っていたり。
あ〜〜〜この言い方が嫌いだなーと感じたり。
あ〜〜この人、これが自己顕示欲の部分を果たしているだーと思っていたり、
でも、わたしも持っているな!と思ったりね。
たまーに、その人に変化球でボールを投げてみたりね(笑)
ある意味、職業病かもしれません。
嫌いでも、ある程度好きでないと、、、相手を納得させられませんから(笑)

話変わりますが、
この夏、韓国の大学に通っていた娘が話していたことを思い出しました。
米、仏、独系のクラスメイトは、とてもクールだったと。
クラスメートの一人が、泣いていても、それはその人の問題。
遠足があっても、自分に興味がなく、行きたくないと思ったから、不参加。
自分がヘルプを出していない場合、ヘルプがきても、その人が勝手にヘルプしたから
「ありがとう」は必要ない、という感覚だった、、、と。
もちろん、そこには全部が全部ではないとは思いますが。

ごんたろう 2011年01月28日(金)11:22

続投です。
330さん
死にたい、は反転すると「生きたい」だと私は思います。
これは、私の意見だと思ってください。
[死」ではなく
よければ、「生」の現場に少し足を踏み入れてみれば、
どうでしょうか?
なにかが,変わるかもしれません。
カウンセリングだけではなく、
動くことを提案します。


さて、 今日も 私にできることを
   さがしてきまーーす!

HANA 2011年01月28日(金)11:57

ごんたろうさんのように、いつも前を向いていられる人には
死にたいは生きたいなのでしょうか。
私には、死にたいは生きたいではないのだけれど。
死にたくても、そう簡単には死ねないし、それだけの強靭な勇気も
持っていないので、相変わらず生きていますが、
それは、生きたいというのとは程遠いのです。
でも、どうせ生きているのなら、悲しかったり苦しかったり、
つまらなかったりするよりは、
楽しい、おもしろい、うれしいと感じたほうがいい。
それだけの話です。
死ねませんよ、いろんなことを考えてしまったら。
果たして、どう動けば生きたいに変われるのでしょうね。

個人主義は…
私は宗教には無知なので、よくはわかりませんが、
キリスト教などの国は、信じるものこそ救われる。
日本は比較的、大乗仏教で、信じていてもいなくても
みんなが救われますように。
ではないかと思いますから、
前者は自分、後者は全体を主体にする考えが影響しているようにも
思います。
本当がどうなのかは、しりませんが…。

嫌いなものを楽しむって、私にはわかりませんでした。
ごんたろうさんの書かれたことは、
嫌いか好きかを判断するプロセスのよう…。

びょんほん 2011年01月28日(金)20:35

お久しぶりです。
よい職場に出会い、充実した毎日をおくっています。
それでも最初の1週間は、2、3ヶ月に思えるほど長く感じましたねぇ。
娘は今塾に。夫は実家へ行ってるので、久々のひとり時間です♪
(ちなみに、夫は月曜に退院しました。)
会社へ行く楽しみもできました。うふふ。
まぁ、、心配するようなことは何もないです。
ちょっと会話できたりすると楽しいなって思うぐらいで。

好きだったら、全くしょうがないな〜ですむ話でも、
嫌なところがあると、同じことしても、なんでそんなことするんだ!と思ってしまう・・
娘と夫がいい例かな・・自分でも気づいています。。
養ってくれる人を選ぶくせに、割り切れない。ここが曲者ですね。
自立が無理と感じるとすぐ頼る。
あっちがよかった〜こっちがよかった〜とふらふら。
だから元夫のところに戻りたいとかいうセリフが出てきちゃう。
元夫に現実味を感じたら、夫との方が趣味が合って楽しいと言い出す。
こりゃあ完全に私自身に問題がありますね。
続けるかやめるか、はっきりさせないと夫にもみなさんにも迷惑ですね。
離婚したいなんてしょっちゅう夫にも言ってます。

本当に死を考えた時は、誰にも打ち明けなかった、
というか、打ち明けられませんでした。
屋上まで行って怖くてやめました。
私に自殺する勇気はないんだなとその時思いました。
子供がいる今は考えられない。逝けないです。
ここで終わりたくないって思う自分もいるし。
知り合いのいない土地、ずっと仕事が決まらない、
先が見えなくて絶望していたけど・・
あきらめずに合った職場に出会え、もっと楽しみたいという欲が出てきました。
悪いことはずっと続かないのですね。

ライオン 2011年01月29日(土)06:04

おーーーー。びょんほんさん。
めちゃめちゃ前向き発言連発!!!
いい感じです☆
しかも冷静!
がんばれーーーーーーーーー!
なんだか私も頑張ろうと思います。
よかったね。

若菜 2011年01月29日(土)11:12

ライオンさん

私も後天的なものが強いかと思います。(タブララサ説)
苦手な人に出会ったら、多分その人には「自分がこういう風になりたくない!!」
という要素があるから余計に苦手意識が出てしまうのだと思います。

それにしてもライオンさんの書き込みにあった若い女性、私の妹にそっくりです。
人が不快に感じるような行為は平気でしてくるのに、自分に対して誰かから
そういった事をされると異様なほどまでの「私は何も悪くないのに被害者です」
という過剰反応を示します。普段の自分の言動を全く覚えていないのか?と
疑問を感じ、おかしい点はアドバイスもしましたが、話をすり替えて聞く耳を
持たないです。若いから自意識が過剰なのかもしれません…。

接していて非常に疲れるので、諦めてしまいました。
ライオンさんと同じくひたすら距離を置いています。その甲斐あってとても
心が楽になりました。わかりあえたらば理想で、いつかはわかりあえると思って
いましたが、わかりあえない人もいてもいいのだと思うようになりました。

ライオンさん、全く関係ないことなのですが、北欧の国々は合唱が盛んな
ようですが、鑑賞に行かれることはありますか?

びょんほん 2011年01月29日(土)18:22

ライオンさん
ありがとうございます。
仕事を始めて、気持ちが落ち着いたのかもしれません。
誰かに頼らない限り、生きていけない、と思い込んでいたし・・
やっとふらふらしてた足がしっかりしてきました。

知り合いのいない土地で、ソリの合わない相手と過ごすという意味では
ライオンさんと共通しているのかなぁ・・^^;
私は、今は職場という別の場所ができて、息を抜けています。
夫くんに怒るところって、相手のことを考えずに行動することなんです。
若い人すべてではないですが・・以前夫世代の人とよくチャットをしていて、
自由気ままだなぁ・・と驚くことがよくありました。
娘もそういう傾向があります。
こっちに怒らないけど、気まま。ぶつかることが嫌みたいな・・
もちろん気配りのできる若い方もたくさんいらっしゃいますけどね。

読み落としていたらすみませんけど、いつまでそちらにいらっしゃるのかな?
先が長いと、ちょっと辛いですよね・・

white gate 2011年01月29日(土)23:02

びょんほんさん、新しい職場を楽しんでいるようで何よりです。
がんばってくださいね〜(^^)

ごんさん、お返事ありがとうございます。
職業柄、一歩引いて観察するという姿勢が身についていらっしゃるんですね…。
清濁併せのむ、という印象を受けました。

330さん、ご無沙汰です。
励まし、いろいろありがとうございますm(_ _)m
私は、昨年末、自殺念慮がかなりひどかったです。
そのことを、かかりつけの精神科医に話したのですが、
話している中で、どうも私の思考回路には「つらい→逃げたい→死ぬ」というショートカットができているみたいなんですよね・・。
普通だと「ああ、もう逃げたいなぁ」と思っても、さらっと誤魔化したり流したりするところを、
そうは出来ずに「死」に結びつけてしまう。

いざ死のうとしても飛び降りることができなかったのは、
家族の今後がいろいろ思い浮かんだからです。
私が死んだら、それいゆとるなは、保育園で噂されたり、いろいろつらい思いをするだろう。
家族はここには住めなくなる、住むにしても住みづらくなるだろう。
死は、少なからず周囲に面倒をかけますが、自殺は面倒というより迷惑がかかるものだと思います。
「周囲のことばかり気にして、自分自身に生きたい理由はないのか」
と自問しますが、それはよく分かりません。
自分自身に理由を見つけるのが怖いか面倒かのどちらかであるがゆえ、周囲を生きる理由にしているのかもしれません。

今日は、合気道の講習会でした。
いつもは日曜の朝だけなのですが、今日はエライ人が来ての稽古。
も〜、全然ついていけませんでした。
やー、経験者の方々に迷惑いっぱいかけちゃった(汗)
懇親会のとき、いろいろ教わりましたが、先が長そうです。。。

とりあえず、このあと、筋トレと柔軟がんばりまーす!

HANA 2011年01月30日(日)07:31

生きるのに理由なんて必要ですか?
自分で生まれたくて生まれたわけでもないし、
理由なんてあるのでしょうか。
生まれてしまったから、死ぬまで生きる。それだけの話のような
気がします。
だから『人生、死ぬまでひまつぶし』なのかもしれないですね〜。

自分の存在意義なんて、考えてもわからないでしょう。
要りますか?自分がいる必要性を確認すること…。
あまり考えすぎてしまうと、苦しいですよ。
力を抜いて、ぼーっと生きていればいいんじゃないですか?
これがズボラの発想かな〜。

びょんほんさん
お仕事、よかったですね。
がんばってください。

亀山早苗 2011年01月30日(日)08:03

書き込み遅くなりました。
びょんほんさん、生き生きしてますね〜。
仕事はびょんほんさんにとって、生活のベースのひとつなのかもしれませんね。
単にお金の問題だけではなく、
ある意味で、精神的な支えのひとつなのかも・・・。
がんばりすぎずにがんばってくださいね。

私は「人生ってすばらしい」なんて言う気はさらさらないのだけど、
それでも、生きてりゃおいしいと思うこともあるし、
つい笑っちゃうこともある。
そんなとき、ふと生きててよかったなと思ったりします。

私たちは母親世代のように(私の母親世代です)、
戦火の中を逃げ惑ったこともない。
だからこそ、「生きることと死ぬこと」がよくわかってないのかもしれません。
私は、1週間後に死ぬよと言われたら、じたばたします。
死にたくないって泣くと思う・・・。
死に瀕したことがある人にとって、それはごく普通の感覚なのではないかしら。
平和な時代を生きているからこそ、死にたいと思うのかも・・・とふと思ったりします。

人間って、あらゆる欲望で成り立っている。
それはほとんど快楽の欲望です。
「人とうまくやりたい」「素敵な恋愛、結婚をしたい」「おいしいもの食べたい」
「楽しいことしたい」
それらがひとつでもあるうちは、潜在的な「生きたい欲求」があるんだと思います。

人にとって、いちばん平等なのは時間の流れです。
みんな年をとっていく、誰であっても。そして死ぬ。
それだけのことだ、と私も思います。

亀山早苗 2011年01月30日(日)08:07

連投失礼。

HANAさんも言ってますが、
私も今どきの人たち(という言い方は曖昧ですが、私より世代が下の人たち)は、
なぜかいろんなことに「意味づけ」をしたがりますよね。
決して悪いことじゃないんだけど、
ときにそれが自分を苦しめることもあるんじゃないかしら・・・。

自分がしようとすること、したいこと、してしまったこと、
失敗したこと・・・。
すべてに意味を見いだそうとする・・・。
前向きなのかもしれないけど、落語的に言えば、
「起こっちまったことはしかたがない」のだし、
「まあ、したいようにするしかないさ」なのですよ・・・。
私はつくづく思っています。
人間って(というか私って)本当に成長してないです。
表面的にいろんな知恵がついて、適当にやることに慣れるだけで・・・。
まあ、それでいいんじゃないかな〜とも思うし。