個別表示

11月6日〜

新箱です

亀山早苗 2009年11月06日(金)02:36

すっかり冷え込んできましたねえ。
秋を通り越して、冬みたいですが、
今年も結局は暖冬なのでしょうか・・・。

このところ、人に会って感じるのは、
人はいつも「何か」を求めるものなのだなあということ。
何があれば満足なのか・・・それが見えないから
人生はおもしろいとも言えるけれど、それが見えないからつらいかもしれないし。
迷い悩んでいる人は、私から見るととても魅力的です。
割り切ったり吹っ切ったりしている人も素敵なのだけれど、
「何か」を求めてさまよっている人に、より共感できるということでしょうか。
私自身も、常に「何か」を求めているんだろうなあと再確認しています。

ひとりん 2009年11月06日(金)22:08

こんばんは!

職場でもインフルがはやり、感染が広がらないようにパートの私たちはしばらく休みでした。
いつまで続くインフル騒ぎ・・。我が家も娘に続き、二十歳の息子も発熱しだしました。
明日は病院へ行かせないと。

職場で感染した40代の方に聞いたらとってもしんどかったそうです。
咳が止まらず、救急車呼ぼうかと何度も思ったそうです。
みなさん本当にお気をつけ下さい。

早苗さん、私も「何か」を求めているようです。
過去には「今は何も不満もないし満たされてるな〜」と思ったことがありましたが・・。
でも私の場合、それが「物」ではないことははっきりしています。
あまり物には興味が無いので、過去に満たされている時も精神的に満たされていたのだと
思います。

人生も折り返しを過ぎ、本当に少しずつ色んなことがわかってきつつあります。
何気ない中、「そうだったのか!」とパーツと心のもやもやが晴れる時があります。
それは本の中の一節や、歌のフレーズがヒントだったり・・。

私は、いろんな本を読んで言葉をまさぐりながら「何か」を探す。そんな作業を日常の
中で無意識にしている気がします。

でも探すものが無くなったらつまらないかも・・。
濃い人生にしたいです。

亀山早苗 2009年11月07日(土)00:44

ひとりんさん
私は逆に、人生折り返し地点をとっくに過ぎて、
ますますわからないことが増えています。
時代、社会背景を考えると、私が育ったころとあまりにも違う・・・。
そんな中で、人の心がどこへ向かっているのか、まったく見えません。

私は「卑しさ」を非常に嫌っているのだと
最近、よく実感します。
私にとっては、安い洋服を買うことも、お金がないから古着を買うことも
決して卑しいことではありません。
でも、エルメスを買った人がその空箱を売ること、
エルメスを買えない人がその空箱を買うことは卑しいと思うのです。
人として。
しかし・・・じゃあ、自分が「卑しい」ことをしていないのか、
他から見たその基準が自分とはずれている場合、
それは「卑しく」はないのか、と考えると混沌としてきます。

それは「卑しさ」だけに言えることではなく、
あらゆることに関して、自分の価値観を疑っているのだと思われます。
自分の価値観を疑うことが、私自身にとってどういう影響があるのか、
それまた時間を置かないとわからないとは思いますが・・・。
過去、何度か自分の価値観大崩壊、という事態に見舞われてきましたが、
今、またそういうところにさしかかっているようです。

ごんたろう 2009年11月07日(土)08:18

おはようございます!
早苗さん
先日、私がコーチをしている障害者の彼の雇用が決まりました!

決まったから、安心!ではないのですが、とりあえずよかったと思っています。
まだまだ、課題が山積みなので、トラブルが出てくるよねと支援仲間と話しています。
雇用が決まる前段階で、企業側から企業側からの大きな課題が対処できないなら「辞退」も考慮してくれ、と言われ、支援機関からそのことに対しての意見を求められたときに、いろいろなことを考えました。「卑しい」かもしれないけれど、障害者の彼(彼にはもう貯蓄がないのです)にその企業で働くのと同じぐらいの給与が、法人で払えるのか、払えないのなら彼にも支援員にもほんの少しだけ??我慢して、努力して、耐えて、いくことも必要じゃないかな、と思ったのです。生きていくための「お金」のために、「卑しさ」も受け入れていかなくては、とも思ったのです。
ひとつ、よかったことは、一生懸命に仕事を得ようとしていた彼は、目標もなくただ生活に流されていたころよりも今、がむしゃらに就職に向かっている彼の方が、生活が安定してきたのです。
以前は、意味もない苛立ちを人に投げていたのですが、悩んだり泣いたり、しながらも何故か、大人の発言をし、人に優しくなってやっと成長してきたのかな、と思います。

自分の価値観を疑うことは、とても難しくないですか?
まず、その価値観をどうして持つのか、とも考えていかなくてはならないのでは。いつから持ったのか、とか・・・・そういえば、今回の意見を出すときもその辺りから思考していったようにも思います。

最近は韓国ドラマの「テ・ジョヨン」を見ています。
おっさんばかりが、登場して、まして、おっさんのアップばかりなのですが、何故か面白い!
高句麗の滅亡から渤海建国までの道のりなので、次々と問題が起こるので面白いのですが、映像は同じパターンの繰り返しなのですけれど、どうして面白いんだろう〜〜とちょっと考えています。
今日ぐらいに見終わり、次はヨン様(好きでも嫌いでもないのですが)の出演の「初恋」を見ようとわくわくしています。

2009年11月07日(土)19:34

ひとりんさん

はじめまして。
お子様の発熱、心配ですね。この夏、夫がたくさんもらってきたポカリが山のようにあり、
食欲ないときは(ほとんどなかったけど)そればかり飲ませていました。
早く治るといいですね。

早苗さん
今日も近所わんこと戯れました。娘も触りたいけどためらっていたので、
腹を出してるわんこの胸を私、おなかを娘が触ると目をつむって堪能してました。
やっぱり、どういうことでわんこも子供を馬鹿にするかわからないので壁になったわけです。
噛まれたりすると飼い主さんに申し訳ないので。
高校の校訓に「責任自由」てあったのをふっと思い出しました。

価値観って、仲がよくてもまるっきり同じ人なんていなくて、
自分の気持ちに素直に進んでいてもふっと立ち止まってしまうことがあって
そのときに自信がなくなってしまったりこれでよかったのかと悩んでしまったり。

先日もお店で小さな子がおかあさんと離れていて、かわいいなと思っていたのですが
棚のお菓子をたくさん倒したり、ジュースを違う場所に置いたりで。
のんきにずっと離れたままのその子のお母さん、お菓子の棚も見ても
直すこともしないのを見て、本当に腹が立って。
もちろん子供にではありません。お母さんに、です。
その話を職場でしたのだけど、私と同年代は信じられない、と私と同意見だったのに対し
同じ位の孫がいる世代は怒りのはいった無言、に見えました。
その瞬間、えらそうなこというな、みたいな空気でひるんでしまったんです。
間違ってはないと思うんだけど、なんで?って。
店の人も見えてるのに注意はまったくしてなくって。子供に近寄って
一緒に直そうね、としたいところでしたが、これをするのは私の役目じゃないよね、と。
でも、よそでこんなに愚痴るならそうすべきだったのでは?と思われるだろうなとも。

ちょっと早苗さんのおっしゃりたい価値観とかとはずれてるかも、ですけど・・・。

亀山早苗 2009年11月08日(日)00:28

ごんさん
私はそういうことは「卑しさ」のかけらも感じませんよ。
生活のためのお金をどうやって稼ごうと、それは「卑しさ」ではないのです、
私の基準からいえば・・・。
おおげさな話、食えないよりは身を売ったほうがマシということだってあるでしょう。
それを卑しいなんて言えません。

見栄のために金を払う、
自分を大きく見せるために嘘をつく、
自分を正当化させるために人を陥れる・・・。
そういうことが「卑しさ」だと思います。
まあ、「エルメスの箱」がわかりやすい例だと思ったのですが。
「卑しい」というのは、私にとっては、非常に究極の言葉です。
ある意味で、他人を侮蔑する言葉の最たるものかもしれない。
そんなひどい言葉を、障害をもっている人には使わないでください。
こちらが悲しくなります・・・。

楓さんの例に出てくるようなお母さんたち、大人たち、
最近、多いですよねえ。

昔、14歳の殺人があったころ、「なぜ人を殺してはいけないのか」という
テーマで、テレビで大人たちがまじめな顔をして議論をしていました。
「子どもにそう聞かれたら、なんと答えるのか」と。
私、すごくばかばかしいと思ったのです。
「いけないことはいけない」となぜ言えないのか。
理屈ではなく、人間には絶対にしてはいけないことがある。
そういう教育をできなくなったのは、時代のせいなのか、大人のせいなのか・・・。

ごんたろう 2009年11月09日(月)00:35

こんばんわ
早苗さん
そうですね。彼が卑しいのではなく、支援者が卑しいのかもしれません。
最近、ビジネスのモラルと福祉のモラルに大きな溝があると思うのですよ。
それをすり合わせるときにどちらを優先するか、が今回、相互の大きな問題になりました。
福祉側の面々は、主従関係を作りたいのか、と言い出したり、企業側は、何気なくどこまで本気で利用者の支援をするのかと攻撃、試してきたので、本当に苦労しました。
企業が出した課題は、障害者の彼にすれば一種の人格攻撃にもあたると福祉側は考えました。
企業側は、世の中(健常の世界では)当たり前だ!という考えでした。
で、私の出した答えは、人格攻撃でも世の中で生きていかなければならないのだから、どんなことでも飲み込み、お金を一月でもふた月でも貰いましょう〜でした。
今回の支援は、利用者側か、企業側か、それとも支援者側か、なんてことを考えて支援していました。
「卑しい」と思って、その企業を非難し続けている支援者が一番、卑しいのではないか、なんて思います。


うーーーん 今夜は最後までDVDが見られなくて、残念でした!!

亀山早苗 2009年11月09日(月)00:44

うーん、確かにねえ。
弱者を食い物にするヤツは卑しいですね。
人のふんどしで相撲をとる、というのは・・・。
弱者も開き直れば強者になる、ということもあったりするので、
おっしゃるように世の中の仕組みと福祉というのは、
相容れない部分があるのかもしれません。

いや、ほんと、世渡りはむずかしい・・・。