No.152の記事

元オット

昨日の日記はほとんど無意味な言葉の羅列・・・。
言葉を言葉として成立させるために、無理矢理吐きだしているかのようだ。
最近、やたらと「言葉」について考えてしまう。
書いても話しても、言葉はどこまで人の心に届くのか、ということについて。
何をどう表現したら、言いたいことが伝わるのか。
いや、そもそも伝えなければいけないのか・・・。
わかりあうのは、言葉によってだけなのか・・・。
考えすぎると、またドツボにはまる。

そういえば、珍しく、元オット(夫です)と電話で話す機会があった。
深夜、彼は泥酔状態。
まあ、私と一緒にいるときは朝から泥酔していた人だから、
深夜の泥酔はどうってことないのだが。
2年だか3年だかぶりに声を聞いたが、人間ってそうそう変わらないものだ。
以前は、彼女にふられるとよく電話をかけてきたものだが、
最近はとんとかけてこなかった。
私は元オット相手だと、人格が豹変してしまい、
言いたいことをがんがん言ってしまう。
「そういうところがアナタのいけないところなの! だからふられるのよ!」
などと言うと、「っざけんなよ、おめえだってよぉ」などという言葉が返ってくる。
この人、江戸っ子ではないのだが、落語に出てくるちょっと間抜けな長屋の職人、
みたいな気質なのだ。言い換えればフーテンの寅さんみたいだ。
学生時代の同級生で(彼のほうが2歳下だけど)、20代の大半を一緒に過ごして、
結婚までしたけど、お互いにめちゃめちゃに傷つけ合った。
若かった。理解しようとするより先に、まず相手に刃を振るっていた。
あれが「関係」といえるものだったのかどうか、いまだにわからない。

私が今も結婚しないのは、「結婚」という形そのものに
向いていない自分を見つけたからだが、
元オットの場合は、私に懲りて女全般が怖くなったから、らしい・・・。
寅さんはしきりにそう言うが、寅さんだもの、私以上に結婚には向いてないはず。
泥酔したままへろへろとわけのわからないことをしゃべり、
途中で意味不明の英語を連発したあげく、
寅さんは「じゃあな、またな」と電話を切った。
相変わらず・・・だが、元気でいることだけはよくわかった。
元オットは友だちでもなく、親戚でもなく、
本当に元オット以上でも以下でもない不思議な存在だ。
いつも泥酔しているのだから、車に轢かれないように。