No.161の記事

ぼうっとした一日

思考停止、ぼうっと過ごした一日だった。
たまにはこんな日もあってもいい。
読む、書く、見る、聞く、体験する、感じる、考える。
これらのバランスがうまくとれないと、ふと不安がよぎってしまう。
いちばん大事なのは、体験することと感じること、かな。
感じて体験する場合と、体験して感じる場合があるけれど、
いずれにしても、フットワークが重くなること、感性が鈍ることに
関しては、ときに恐怖感を覚えるほど不安を感じる。
熟していくことと、新鮮な感性を保つこととは、やはり反比例するのだろう。
ライターの命は、案外、短い。
最近、それを痛切に感じさせられることが多々、あった。
四十代の同業者のみなさん、がんばって生き抜こうね!

他人事ながら、「ああ、よかったなあ」と思えることがあると、
ほんの少し、気持ちがあったかくなる。
その人の努力がわかっていればなおのこと。
喜びも悲しみも、分かち合ってくれる人はきっといる。
以前、つらいことがあったとき、「私たち友人は、いつもそばにいますよ」と
言ってくれた人がいた。
何も言わず、好物を送ってくれる人もいた。
立ち入ってこなくても、「心配してる」とメールや電話をくれる人もいた。
そういう言葉や態度に、私はいちいち号泣した。
自分で解決するしかないとわかっていても、そう言ってもらえると
もう一度、何とか立ち上がっていかなければ、という気持ちになれる。
せちがらくて物騒で、何も信じられないような世の中だけど、
そういう個人的なつながりだけは信じていたい。

ささやかでも的はずれでもいいんじゃないか、とときどき思う。
その人を思う気持ちがあったら、そっと伝えておいたほうがいい。
もちろん、気遣ったら何もしないほうがいい、ということもあるけど、
大丈夫? 心配してるよ、よかったね、って
ほんの一言、気持ちは伝えておきたいな、と思う。
やりすぎると押しつけだけど。