2005年10月11日

感情の発露

たった4つの血液型で性格を判断するなんてめちゃくちゃな話だとは思うが、
私は知り合った誰からも血液型を当てられる。
「O型でしょ」と。
誰も迷わない。他の血液型をいわれた試しがない。
みんなの頭の中では、O型=楽天的、大まかという印象があるのだろう。

確かに私は、おおらかというと聞こえがいいけど、実は大まかであり、
緻密なところはまったくない。
最終的には「どうにかなる、大丈夫大丈夫」といってしまうので、
仕事で追いつめられている人は、ほっとするか腹立たしくなるかどちらからしい。
「人生、なめてんだろう」と怒られたこともあるけど、
「人生はなめているけど、人間はなめてない」と笑って言い返した。
自分の人生、なめてかかってしっぺ返しを食らってもかまわないけど、
他人をなめると大事なものを見失う。それだけはしたくない。

仕事できりきりすることもない。
まあ、今年の9月はトラブル続きで、ちょっとまいってしまったけれど。
こんなことは20年目にして初めてなので、逆にいい経験にはなった。

頭の回転も速くない。機を見るに敏、というタイプでもない。
ただ、これが江戸っ子のいけないところなのか、喜怒哀楽だけは激しい。
親しい友人たちはみな知っているけど、よく知らない人には「クール」な
タイプだと思われているようだ。
仕事上では確かに感情が上がり下がりすることはまずない。
ところがどっこい、私生活では、喜怒哀楽の表現が激しいようだ。
自分のことは自分ではわからないから、他人からの指摘で知るのだけれど。
大声で笑う、悔しくても悲しくてもうれしくてもすぐ泣く・・・。大泣き。
本人はその場ですっきりって感じなのだけど、
これ、実はひどく迷惑なのだとようやく気づいた。
しかも私は言葉を言葉通りに受け止めて泣いていたりするわけではなく、
その言葉の裏を読みすぎたり想像しすぎたりしているのだ。
うれしいときも同様なので、うれしいのに悲しいのかと思われたりする。
感情ががあっとこみ上げてくると、こらえようがなくなってしまう。
私的な関係に限られているので、仕事上は迷惑かけてないと思うけど、
そういう目にあわせてしまった友人知人、一族郎党には、この場を借りて
「ごめんよぉ。許しておくれよぉ」と言いたいところだ。
あなたのせいじゃないんだ、私は傷ついてるわけじゃない、
こういう表現をしてしまうタチなんだ、と言い訳したい。

私の場合、感情がこみ上げてきたからといって、誰かを非難したり
ひどい言葉を吐いたり、ということはほとんどない。
怒りは私にとって、冷静さとイコールで、
本当に怒ると、私はとっても丁寧な言葉遣いになって慇懃無礼そのものになる。
いや、だから泣いたり騒いだりしていいってもんじゃないけど。

があっと感情がこみ上げてきたら、とりあえず深呼吸をしなさい、と
言われたことがある。
泣くのはともかく、笑うのは別に場所を問わないからいいだろうと
思われるかもしれないが、それもまた困ることがある。
しーんとした場所とか、不謹慎ながら葬式とか法事とか、
そう言う場面で急に笑いがこみ上げてきてしまうのだ。
よく緊張してしまう場面で笑ってしまう、という話を聞くし、
悲しみが肥大化すると笑いに転化されてしまう、という説もあるようだが、
私の場合もいずれかなのだろうか。自分ではわからないが、なぜか笑ってしまう・・。
親戚の法事、我が父親の葬式、恩師の通夜・・・思い出すだけでも
自分が人でなしのように思えてくる。
感情をうまくコントロールする術ってあるんだろうか?

想うこと

人間関係で、自分の気持ちを伝えるってとってもむずかしい。
なぜむずかしいかというと、同じ言葉を同じ感情でとらえるとは限らないから。
言葉は言葉に過ぎないし、ある種の符号にしかすぎない。
もっと大事なのは、その言葉に隠された心情であるはず。
だけど、それを伝えるのに、また言葉を駆使しなければいけない。
かと思うと、じっと目を見ているだけでわかりあえることもあるのに。
言葉が正しくて、感じることが錯覚というわけではないし、
その逆もまた真実とは限らない。
何を信じればいいのか、というと、
最終的には、おそらく相手の存在そのものなのだろうと思う。
存在そのものが確かなものと思えれば、細かいことなどどうでもいいのかもしれない。
どうでもいい、というのは逃げの意味ではなくて、超えていけるということだ。

三島由紀夫は、精神は肉体を超えられない、と言った。
ある意味では私もそう思う。
たとえばいくら外国に思いを馳せても、肉体がそこへ行ってみないと、
実際に行った感覚、感情はわいてこない。
そういう意味ではそうなんだけど、
言い換えれば、精神は肉体を超えて自由である、ともいえる。
肉体は動かなくても、精神はどこまでも動けるのだから。
だからこそ、人間はよけいなことを考えるし、不安になるし、
漠とした恐れを抱いたりもする。

雨のそぼ降る秋の夜長は、私もとりとめのないことばかり考えてしまう。
友人に、「あなたは自分の人生に何を求めているの?」と聞かれて、
私はなにも答えることができなかった。
なにも求めていない、とはいえないが、
これといって求めているものがあるともいえない。
お金とか名誉とか平穏無事とか、男に愛されること、とか美とか、
はっきりしたものがあると迷わないですむのかなあ。
別に迷っているわけではないのだが・・・。